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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)1023号 判決

原告

岡本和廣

被告

夜久浩

主文

一  被告は、原告に対し、金一七九五万五三五七円及びこれに対する平成元年六月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金六四五四万六八九一円及びこれに対する平成元年六月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実など

1  (本件事故の発生)

原告は、昭和六二年四月一九日午後一〇時三五分頃、神戸市東灘区田中町二丁目一番地先所在の信号機による交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という)東側の横断歩道(以下「本件横断歩道」という)上を南方から北方に向かつて横断歩行中、西方から東方に向かつて走行してきた被告運転にかかる普通乗用自動車(以下「被告車」という)に衝突された(争いがない)。

2  (原告の受傷と治療経過)

(一) 原告は、本件事故の結果、全身打撲挫創、後頭部挫創、外傷性硬膜下出血、腹部打撲傷、腸間膜損傷、腹部内臓損傷、脾臓破裂、小腸破裂、右大腿骨骨折、両下腿開放骨折、右前腕骨折等の傷害(以下「本件受傷」という)を負つた(争いがない)。

(二) 原告は、本件受傷のため、後記症状固定時までの間、次のとおり入通院して治療、手術を受けた(国立加古川病院における二回目及び三回目の入院の事実は証拠(甲二、五、六、一一号証、乙九、一〇号証)によつて認められ、その余の事実は争いがない。)。

(入通院期間)

(1) 昭和六二年四月一九日から同年六月三日までの間西病院に入院(四六日間)。

(2) 同月三日から昭和六三年四月一四日までの間、同年六月二三日から同年七月一〇日までの間及び平成元年一月一九日から同月二六日までの間国立加古川病院に各入院(合計三四二日間)。

(3) 昭和六三年四月一五日から平成元年六月九日までの間同病院に通院(実治療日数三一日間)。

(手術内容)

(1) 脾臓摘出及び小腸切除等の腹部手術。

(2) 大腿骨骨折部及び両下腿骨骨折部等の接合、固定手術等。

3  (原告の後遺障害)

原告は、平成元年六月九日に症状固定と診断されたが、摘脾等の後遺障害について、自賠責保険において自賠法施行令後遺障害等級併合七級に相当する旨の事前認定を受けた(争いがない)。

4  (被告の責任)

被告は、本件事故当時、被告車を自己の運行の用に供していた(争いがない)ものであるから、自賠法三条に基づき、原告が同事故によつて被つた損害を賠償すべき責任を負う。

5  (損害の填補)

原告は、本件事故によつて被つた損害につき、被告の加入する任意保険会社から金九六万円の支払を受けた(争いがない)。

二  主たる争点

本件の主たる争点は、原告主張の後遺障害に基づく労働能力喪失による逸失利益の発生の有無及びその算定と過失相殺の割合であり、この点に関する当事者双方の主張は、以下のとおりである。

1  後遺障害による逸失利益

(原告)

(一)(1) 原告は、本件事故による腹部受傷の結果、摘脾及び小腸の切除等を余儀なくされたため、肝機能障害が生じ、疲労し易くなつた上、下痢を起こし易くなり、腹部にチクチクした痛みを感ずるなど、軽度の労働しかできなくなつている。

(2) 被告は、摘脾によつて労働能力に影響を及ぼすことはない旨主張するが、脾臓は、リンパ球及び抗体の産生、赤血球の貯蔵、骨髄機能の体液性調節、老廃赤血球の除去、細菌等異物に対する防御等の諸機能を有しており、摘脾を受ければ、他の臓器による代替があり得るにしても、これらの機能が喪失し又は著しく減退するとされている。また、他の臓器についても、摘脾によつて、臓器間のバランスが失われたり、腸の癒着等を生じさせるおそれがある。

(3) したがつて、摘脾につき、いわゆる労働能力喪失率表に定められた後遺障害等級八級に相当する四五パーセントの喪失割合を低減することは相当でない。

(二) また、原告は、同事故による大腿下腿の傷害の結果、膝の屈曲制限と痺れ、右足関節の運動制限と痛み、内反尖足の変形、右股大腿の痛みと痺れ等の症状が残り、座位からの立ち上がりや正座、歩行等に支障が生じている。

(三) 原告は、現在、農林水産省近畿農政局に勤務しているが、以上のような後遺障害のために十分な勤務をすることができず、定年である満六〇歳に至るまで無事勤務できるかどうかは疑わしい状態にあるし、既に昭和六三年には同事故による欠勤のために普通昇級を受け得なかつたことから、その後は一号俸ずつ遅れた給与しか得られないことになり、今後の昇級、昇格に影響を及ぼすようになつている。

さらに、右後遺障害が原告の定年後の再就職に大きな影響を及ぼし、収入減を生じさせることは明らかである。

(四) よつて、原告の後遺障害による逸失利益の算定については、前記併合七級所定の五六パーセントの労働能力喪失率が適用されるべきである。

(被告)

(一)(1) まず、脾臓は、摘出を受けても、その機能は他の臓器による代替が可能であり、労働能力に影響を及ぼすことはない。

(2) また、原告が後遺障害について併合七級とされた前記事前認定においては、摘脾以外に、長管骨の奇形(一二級八号)、鎖骨、胸骨、肋骨、けんこう骨又は骨盤骨の著しい奇形(一二級五号)及び足関節の著しい機能障害(一〇級一一号)が認められるとされているが、前二者の骨の奇形がそもそも労働能力に影響を及ぼすものでないことは明らかであるし、また、原告のような事務職の国家公務員(農林水産事務官)にあつては、足関節の機能障害によつてその労働に支障が生ずることは考えられず、さらに、原告主張のその余の膝の屈曲制限、右下肢等の痛み等についても右と同様であつて、現に、原告は復職後も本件事故前と殆ど同一内容の仕事に従事することができているのである。

(3) 以上によれば、原告には、身体機能の一部喪失がみられるにしても、労働能力の低下は認められないといわなければならない。

(二) さらに、仮に、後遺障害による多少の労働能力の低下が認められるとしても、原告は、右のとおり国家公務員であつて、現実の収入の減少が具体的に認められない以上、右後遺障害による逸失利益の発生を認める余地はない。

2  過失相殺

(被告)

(一) 本件交差点は、東西にわたる幹線道路である国道二号線上にある。

(二) 被告は、被告車を運転し、時速約四〇キロメートルの速度で右道路を東進し、対面信号の青色表示に従つて同交差点内を通過しようとした際、原告は、対面信号が赤色を表示していたにもかかわらず、酔余、これを無視して、本件横断歩道上を南方から北方に向かつて横断歩行し、その途中に同事故に遭つたのである。

(三) したがつて、同事故発生の主たる原因は、原告の信号無視による横断歩行にあるといわなければならないから、原告の損害額算定に当たつては、相応の過失相殺をなすべきである。

(原告)

(一) 被告は、同交差点内を東進して通過するに当たり、同交差点西方に所在する交差点を通過する際に同交差点の対面信号が青色表示であつたため、本件交差点内も右と同じく青色で通過できるものと思い込み、居眠り状態の中、同交差点の対面信号が未だ青色を表示していなかつたにもかかわらず、減速をせず、しかも、本件横断歩道上の歩行者の有無を何ら確認することをしないまま、同交差点内に進入した結果、原告を発見できず、本件事故を惹起したのである。

そして、被告は、原告に衝突してから後も急ブレーキをかけることをせず、暴走しているのであつて、被告の信号無視及び前方不注視の過失は極めて大きい。

(二) 一方、原告は、同交差点の南北車両用信号が青色を表示しているときに本件横断歩道上を横断し始めたのであり、被告車との衝突直前において、ようやく同信号が青色から黄色表示に変わつたくらいにすぎないから、原告には信号無視の過失はない。

(三) なお、同事故当時、普通乗用自動車を運転して被告車の右後方を走行していた訴外糸川靖子は、被告車は青色表示で同交差点内に進入し、原告は信号無視で横断していた旨述べているが、同女は、同事故直後、瀕死の状態にあつた原告よりも加害者である被告の方を気遣う行動をしたり、その後警察官の取調べに対し非協力的であつたりするなど常識外の行動を採つており、その供述内容は到底信用できるものではない。

第三当裁判所の判断

一  被告が自賠法三条による運行供用者として原告が本件事故によつて被つた損害を賠償すべき責任を負うことは、前記判示のとおりである。

二  そこで、原告の損害額について検討する。

1  治療費(請求額金九三二万二六六〇円) 金一四八万二九八〇円

(一) 原告は、治療費として右の金額を請求するが、病院ごとの具体的な内訳金額及び原告の負担額等については明確に主張するところがない。

(二) ところで、証拠(甲一二号証、乙一一ないし一六号証、原告本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、原告の本件事故後の治療費(室料差額金、診断書料等を含む。以下同じ。)は、その所属する農林水産省共済組合からの療養給付によつて全体額の九割が支払われ、原告の自己負担額は、全体額の一割にすぎないこと、そして、原告は、同事故後から前記症状固定日までの間の治療費について合計金一四八万二九八〇円を自ら負担したことが認められる。

(三) 右各事実によると、原告が本訴において被告に対し財産上の損害として賠償を求め得ると認定できる治療費の額は右自己負担額の限度にとどまるというべきである(ただし、その反面、後記四の損益相殺の項で判示するとおり、治療費に関する損益相殺については、原告の右自己負担額に関してのみ検討すれば足りるとするのが相当である。)。

なお、証拠(甲一五号証の一・二、原告本人の供述)によると、被告の加入する任意保険の損害調査会社社員平井義人は、原告側との示談交渉中に本件事故による損害額の計算に関するメモを作成したが、その中には原告の治療費を原告の請求額と同一額とする旨の記載をしていたことが認められるが、右メモの性質上、これをもつて原告に生じた損害額を直ちに認定し得るものでないことは明らかであるから、前記認定判断を左右するには至らないといわざるを得ない。

2  入院雑費(請求額金四六万五六〇〇円) 金四六万五六〇〇円

原告が本件受傷のために合計三八八日間入院して治療を受けたことは前記判示のとおりであるところ、同判示にかかる受傷内容の重篤さに照らすと、その間の入院雑費としては、一日当たり金一二〇〇円の割合が相当であるから、これを合計すると、金四六万五六〇〇円となる。

3  付添看護費(請求額金四〇万〇三四〇円) 金四〇万〇三四〇円

(一) 原告は、付添看護費として右の金額を請求するが、職業付添人と近親者の区分、付添期間及び単価等について具体的に主張するところがない。

(二) ところで、証拠(甲一二号証、乙八、一七、一八号証、原告本人の供述)によると、西病院の主治医西昂医師は、原告の前記重篤な症状から、同病院入院中の四六日間について付添看護を要する状態にあつた旨診断したこと、そして、原告は、右期間のうち、昭和六三年四月二六日から同年六月二日までの期間(三八日間)については職業付添人の付添看護を受け、右期間の付添看護費は合計金三七万五一二〇円になることが認められる。

また、右各証拠と弁論の全趣旨によると、同病院入院中における右以外の期間(八日間)についても、原告の母親及び姉らが原告に付き添つていたことが認められ、これに関しても本件事故による損害として近親者による付添看護費を認めるのが相当であるところ、同期間における右費用の額は、後記4の交通費を除き、一日当たり一名(原告の母親)分として金五〇〇〇円の割合によつてこれを認めるのが相当である。

(三) 以上によると、付添看護費の額は、次の算式のとおり、合計金四一万五一二〇円となる。

三七万五一二〇+五〇〇〇×八=四一万五一二〇(円)

しかるに、原告は、付添看護費として前記金四〇万〇三四〇円を請求するにとどまるから、この限度でのみ認容すべきことになる。

4  交通費(請求額金五二万〇五一〇円) 金四〇万〇九〇〇円

(一) 原告は、交通費として右の金額を請求するが、通院の際の交通機関の種類や一回当たりの料金額については明確に主張するところがない。

(二) ところで、原告が国立加古川病院に合計三一日間通院して治療を受けたことは前記判示のとおりであるところ、証拠(甲一二号証、原告本人の供述)によると、原告は、右通院につき、概ねバスを利用し、一回当たり往復金八六〇円を要したことが認められ、右各事実によると、原告の右通院交通費は、合計二万六六六〇円となる。

また、原告が西病院入院中の八日間について近親者一名(原告の母親)の限度で付添看護を要したものと認めるべきことは前記3で判示したとおりであるところ、証拠(甲一二号証)によると、加古川市内在住の原告の母親が同病院に通院するに当たり、電車及びバス(公共交通機関)を利用する場合には、一回当たり往復金一七八〇円を要したことが認められ、右各事実によると、近親者の付添看護のための通院交通費は、合計金一万四二四〇円となる。

(三)(1) なお、右甲一二号証中には、原告が神戸みなと病院に通院した際の交通費に関する記載がみられるが、本件全証拠を検討してみても、同病院での治療の内容及び必要性等を客観的に明らかにするに足りるだけの証拠はなく、右通院の必要性自体を直ちに肯認することができないから、右通院交通費は本件事故と相当因果関係のある損害とは未だ認め難い。

(2) また、原告本人は、その尋問に際して、国立加古川病院における近親者の付添看護についても交通費を要した旨供述し、右甲一二号証中にもこれに沿う記載がみられる。

しかしながら、一方、証拠(原告本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、原告は、国立加古川病院での入院中、完全看護とされており、担当医も、原告側に対し、近親者の付添看護は不要である旨指示していたことが認められ、この事実に照らせば、同病院での入院中における近親者の交通費については、本件事故と相当因果関係のある損害とは未だ認め難い。

(3) また、前記甲一五号証の一のメモの記載が右交通費の額を認定するについて的確な証拠とはいえないことは、前記1の治療費の項で判示したとおりである。

(四) 以上によると、原告の交通費の請求は、前記(二)の合計額金四万〇九〇〇円の限度で理由がある。

5  後遺障害に基づく逸失利益(請求額金四二八三万七七八一円) 金九六三万〇六五六円

(一) まず、原告の本件受傷及び治療経過、症状固定日に関する事実と原告の後遺障害について自賠責保険において併合七級の事前認定がされたことはいずれも前記判示のとおりである。

また、証拠(甲一、二号証、乙七号証)及び弁論の全趣旨によると、右事前認定においては、原告の本件事故による後遺障害として、摘脾(八級一一号)、右足関節の著しい機能障害(一〇級一一号)、鎖骨、胸骨、肋骨、けんこう骨又は骨盤骨の著しい奇形(一二級五号)及び長管骨の奇形(一二級八号)が認められるとして、併合七級の認定がされたことが認められる。

(二) 原告の本件事故前後の勤務状況と現在の症状等

以上の各事実に証拠(甲一ないし一二号証、一七号証、一九号証の一ないし五、乙五、六号証、八ないし一〇号証、一九号証の一・二、証人西昂及び同岡田幸也の各証言、原告本人の供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 原告(昭和二四年五月五日生)は、昭和四三年四月から、農林水産省近畿農政局に勤務し(なお、昭和五〇年には神戸市立外国語大学を卒業。)、本件事故(昭和六二年四月一九日)当時、同局兵庫統計情報事務所尼崎出張所に勤務する一般職の国家公務員(農林水産事務官)であつた。

そして、原告の職務は、兵庫県下の農畜産物の統計調査等を主たる内容とするものであるところ、それは農協や田畑等に出掛けて行う屋外調査と役所内で行う統計、情報の整理と資料作成が中心であり、右屋外調査のために一週間に三、四日くらい外勤に従事することがあつた。

(2) 原告は、本件受傷の結果、西病院において、摘脾、小腸切除等の緊急手術を受け、その後、右大腿骨及び両下腿骨、右前腕骨の各骨折について、プレート固定、創外固定やギブス固定等による骨接合術や欠損部への骨移植術(骨盤骨等から採取)等を受けた。また、その間、坐骨神経麻痺がみられたため、坐骨神経剥離手術が行われた。

(3) その後、原告は、国立加古川病院入院中において、前記プレートの除去術や右大腿骨につきキユンチヤー釘を装着する等の治療や起立訓練等を受けたが、平成元年一月二〇日にキユンチヤー抜釘術を受け、さらリハビリのために通院した後、同年六月九日に症状固定と診断された。

(4) 原告は、右症状固定時点において、右足関節の背屈の著しい制限、右膝の屈曲制限、右足、大腿等の痛みや痺れ等を訴え、座位からの立ち上がりや正座、歩行、駆け足等の日常動作に支障を来していたが、これらの症状は、その後の六甲病院での入院治療にもかかわらず、現在に至るまで存続し、特に、右足は、右足関節の機能障害のために内反尖形に変形している。

(5) そして、現在は、国立加古川病院を一度退院した後の昭和六三年四月一八日頃(本件事故から約一年間の休職)から復職し、前記のとおり入通院を続けながら勤務を始めたが、前記のような症状のほか、起床時等に腹部にチクチクした痛みを感じたり、身体のだるさや疲労のし易さを感じたりしている。

(6) また、原告の右足関節の機能障害については、前記症状固定時において、背屈が自動他動ともにマイナス二〇度(なお、左足関節は一五度)であつたが、その後の六甲病院での懸命の入通院治療によつて、他動による背屈だけがおよそ零度になるまでに改善されてきたが、主治医の前記岡田幸也医師によれば、今後のそれ以上の改善は難しいとされている(なお、足関節の正常の可動範囲は背屈につき自動二〇度とされている)。

(7) さらに、脾臓は、一般に、生命の維持に不可欠なものではなく、医学上、その機能の詳細が未だ明らかでないところがあるが、少なくとも、血液の貯蔵と生成、破壊、免疫作用等の諸機能を有しており、摘脾が行われれば、これらの機能が低下して細菌感染や敗血症等が生じやすくなつたり、また、臓器の移動等による癒着が生ずる可能性も出てくるとされている。

(なお、原告主張の肝機能障害と下痢の症状については、本件証拠上、それが前記症状固定時以降も存続していたことを認めるに足りる証拠はない。)

(三) 労働能力喪失による逸失利益発生の有無

(1) 右認定の事実関係を総合して考えると、原告は、本件受傷の結果、後遺障害として、摘脾(八級一一号)のほか、右足関節の著しい機能障害(可動範囲が二分の一以下に制限。一〇級一一号)の存在が認められ、これら身体的機能の一部喪失が生じていることは明らかである。

(2) ところで、被告は、原告は事務職の国家公務員であり、本件では現実の収入の減少が具体的に認められない以上、後遺障害による逸失利益を認める余地はない旨主張している。

たしかに、交通事故による後遺障害のために身体的機能の一部を喪失した場合において、後遺障害の程度が比較的軽微であつたり、しかも、被害者が従事する職業の性質からみて現在又は将来における収入の減少も認められないときは、被害者が労働能力低下による収入の減少を回復すべく特別の努力をしている場合とか、職業の性質上特に昇級、昇任、転職等に際して不利益な取扱いを受けるおそれがあるなどの特段の事情がない限り、労働能力の一部喪失を理由とする財産上の損害を請求することはできないと解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷昭和四二年一一月一〇日判決・民集二一巻九号二三五二頁、最高裁判所第三小法廷昭和五六年一二月二二日判決・民集三五巻九号一三五〇頁参照)。

(3) そこで、本件について検討するに、原告が一般職の国家公務員(農林水産事務官)であり、本件事故による一年間の休職後に復職したことは前記認定のとおりであり、また、一般職の国家公務員の給与、昇級、昇任等は、国家公務員法、一般職の職員の給与等に関する法律(以下「給与法」という)及び人事院規則等に基づき、職階制、給与準則及び俸給表が明確に法定されているのである。

そして、証拠(甲一七、一八号証、一九号証の一ないし五、原告本人の供述)によると、原告は、右復職後も前記兵庫統計情報事務所尼崎出張所に勤務し、次第に前記屋外調査の頻度も増し、現在では、同事故前とほぼ同一内容の仕事に従事するようになつてきており、仕事の割振り上において他の職員との間で格別の差異はないこと、しかしながら、原告は、同事故前の昭和六二年四月一日付けで国家公務員行政職(一)俸給表所定の四級一〇号の発令を受けていたが、右休職に伴う欠勤のため、昭和六三年四月一日付けで実施されるべき四級一一号への普通昇級(給与法八条六項所定)が昭和六四年一月一日付けにまで遅延させられることになつたこと、また、原告は平成二年七月一日付けでいわゆる特別昇級(給与法八条、人事院規則九―八(初任給、昇格、昇級等の基準)第三七条所定)を受けたが、これは、前回の特別昇級時期から約九年目のことであり、一般に、原告らと同年齢の職員については約七年毎に特別昇級が実施されているという取扱例と比較すれば、二年余り時期が遅れたといえないではないこと、もつとも、原告は、平成二年度においては、さらに前記人事院規則九―八第四四条所定の復職時の俸給調整に基づいて昇級期間短縮措置等を受けた結果、原告が試算したところの遅延なかりし場合の俸給との比較においては、平成二年度中においては昇級の遅れがいつたん解消することになつたけれども、平成三年度においてはやはり一号俸分の遅れが続くようになつたこと、そして、原告は、前記後遺障害のため、満六〇歳の定年時(国家公務員法八一条の二所定)までの勤務の継続及び定年後の再就職等について強い不安を抱いていることが認められる。

なお、原告本人は、右特別昇級について、本件事故による欠勤のために今後の定年時までの同昇級の回数が一回分減少した旨主張するが、同昇級を何時いかなる事由に基づいて実施するかについては、前記給与法及び人事院規則の規定に従い、人事当局の勤務成績に対する評定と定数枠の兼合い等によつてその都度決せられるべきものであつて、前記認定のような事実上の取扱例だけをもつて正確に定年時までの同昇級回数を確定することはできないといわなければならず、右供述を直ちに採用することはできない。

(4) 以上(1)ないし(3)において認定説示した全事実関係と前記(二)で認定した原告の後遺障害の内容及び程度、機能回復についての努力等を総合して考えると、原告の前記右足関節の著しい機能障害のほか、右下肢の痛みや痺れ、さらに腹部の痛みや易疲労性等の症状に照らせば、原告の後遺障害の程度は必ずしも軽微なものとはいえないこと、しかも、本件事故による欠勤のために昇級上現実に不利益な取扱いを受け、症状固定時以降においても、なお昇級遅延に伴う具体的な収入の減少が生じていること、そして、原告は、復職及びその後の通常どおりの勤務の継続について機能訓練等に懸命の努力を重ねてきたが、それでもなお今後の就労、転職等について強い不安を抱いているということができる。

右認定説示にかかる事実によると、原告は、前記(2)の説示に照らしてみても、右後遺障害による労働能力の一部喪失によつて、現在及び将来にわたつて具体的な財産上の損害が発生していると認めるのが相当である。

したがつて、右認定判断に反する被告の主張は採用できない。

(四) 逸失利益の算定

(1) 定年時まで

以上の全認定説示、殊に、原告の前記後遺障害の内容及び程度、いわゆる労働能力喪失率表所定の喪失割合(ただし、脾臓については同表の喪失割合をそのまま適用するのは相当でない。)と、一方、国家公務員としての給与支給に伴う前記収入減少の程度、一号俸分の金額差(甲一八号証参照)等を総合して考えると、原告は、前記症状固定時(満四〇歳)から満六〇歳の定年時までの二〇年間にわたつて、前記後遺障害によつて五パーセントの労働能力を喪失したと認め得ないではないというべきである。

そして、証拠(甲一六号証の一)によると、原告は、本件事故前の昭和六二年度において、年額金四五五万二二五三円(ただし、原告主張の金額によるもの)の給与を得ていたことが認められる。

以上の各事実に基づき、中間利息の控除について新ホフマン計算方式を用いて、原告の右定年時までの間の後遺障害による逸失利益の現価額を算定すると、次の算式により、金三〇九万九一七四円(円未満四捨五入。以下同じ。)となる(二〇年の同係数一三・六一六〇)。

四五五万二二五三×〇・〇五×一三・六一六〇=三〇九万九一七四(円)

(2) 定年後満六七歳まで

次に、原告が定年退職したのちの逸失利益の算定においては、国家公務員としての給与支給がなくなる以上、右(1)とは別の考慮が必要であるところ、前記後遺障害の内容及び程度によると、再就職にもかなりの困難が伴うと考えられ、これらの事情に労働能力喪失率表所定の喪失割合と前記認定説示を総合して考えると、原告は、満六〇歳から就労可能な満六七歳までの七年間にわたつて、その労働能力を四五パーセント喪失したものと認めるのが相当である。

そして、前記年収額を基礎とし、中間利息の控除につき新ホフマン計算方式を用いて右期間における逸失利益の現価額を算定すると、次の算式により、金六五三万一四八二円となる(同七年の係数は三・一八八四[一六・八〇四四-一三・六一六〇])。

四五五万二二五三×〇・四五×三・一八八四=六五三万一四八二(円)

(3) 以上によると、原告の後遺障害による逸失利益の額は、合計金九六三万〇六五六円となる。

よつて、原告の後遺障害についての請求は、右の限度でのみ理由がある。

6  慰謝料(請求額合計一一〇〇万円) 金一一〇〇万円

(一) まず、受傷による入通院慰謝料としては、前記認定説示にかかる本件受傷の重篤さ、手術の内容と治療経過、入通院期間等を総合して考えると、金三〇〇万円が相当である。

(二) また、後遺障害に基づく慰謝料としては、前記認定説示にかかる後遺障害の内容及び程度(併合七級に相当)、原告の現在の生活状況と前記逸失利益の算定において満六〇歳の定年時までの間については前記5のとおりこれを控え目に認定せざるを得ない事情等を総合して考えると、金八〇〇万円が相当である。

7  以上の合計損害額 金二三〇二万〇四七六円

三  過失相殺

被告は、本件事故発生につき原告にも過失があつた旨主張するので、この点について判断する。

1  本件事故の発生状況

本件事故の発生日時、場所、態様等に関する前記判示の事実と証拠(甲七号証、一三号証の一・二、一四、二〇号証、二一号証の一ないし五、乙二ないし四号証、六号証、検甲一ないし三号証、証人糸川靖子及び同西昂の各証言、原告本人の供述(ただし、後記採用しない部分を除く。))及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められる。

(一) 本件交差点は、東西にわたる幹線道路である国道二号線に南北道路(幅員約五メートル。なお、以下における距離及び幅員についての数値は、乙三、四号証の交通事故現場見取図記載の数値と同図面の縮尺値によるものである。)が交差する交差点であり、信号機による交通整理が行われている。そして、同信号機の周期と信号表示は別紙のとおりである。

制限速度は、時速四〇キロメートルとされている。

(二) 同交差点西側付近では、東西道路の東行車線は、幅員各約三・二メートルの二車線からなり、西行車線も二車線で右とほぼ同様の幅員があり、また、両車線の間には幅員約四・五メートルの中央分離帯が設置されている。

なお、東西道路の両(南と北)側にはそれぞれ歩道がある。

(三) 同交差点東詰には、南北にわたる本件横断歩道(幅員約四メートル)が設置されているが、同歩道の南端から北端までの距離は約二〇メートルくらいである。

(四) 被告は、前記日時頃、帰宅するため、被告車を運転して前記東行車線の第一車線(歩道寄り車線)上を東進し、本件交差点の約一〇〇メートル西方の交差点を通過した後、時速約四〇キロメートルの速度で進行し、同横断歩道上の衝突地点の西方約九四・九五メートルの地点で同交差点対面信号の青色表示を確認したため、そのまま進行したが、右地点からさらに約四二・二メートル東進した地点あたりから、同交差点よりも東方の交差点の対面信号及び先行車両の方に視線を向け始めた。

(五) そして、被告は、右のように遠方に視線を向け始めた地点からさらに約四七・八メートル東進して本件交差点内に進入した地点において、自車前方約六・八メートルの地点(本件横断歩道上の東側寄りで同横断歩道北端から約二・七メートルの地点)に、北方に向かつて横断歩行中の原告を初めて発見したが、衝突回避措置を採ることが全くできないまま、さらに走行して被告車前部を原告に衝突させた結果、原告を同車前部に乗せるような形にしながら速度を増して走行した後、約六六・三メートル東方の地点に原告を転倒させ、被告車もその後約一六メートルくらい東進し、バス停留所標識を破損し、歩道上に乗り上げるなどしてようやく停車した。

(六) ところで、前記糸川は、普通乗用自動車(長男を助手席に同乗。以下「糸川車」という)を運転して東行車線を東進し、食事をする店を探しつつ走行していたところ、本件交差点西方の交差点を通過した直後、偶々、第一車線から第二車線に車線変更をして時速約四〇キロメートルの速度で被告車の右後方を追走するところとなつたが、本件歩道上の衝突地点の西方約九四・九五メートル地点で同交差点の対面信号が青色表示であることを確認し、その時点では、被告車は、糸川車の左前方約一六・五メートルの地点を走行していた。

(七) そして、糸川は、さらに約三七・七メートル東進した地点で、自車前方約五六メートルの地点(本件横断歩道上の東側寄りで同横断歩道北端から約四・九メートルの地点)に、北方に向かつて横断歩行中の原告(酔つ払つたような感じで急ぐ様子はなかつた。)を発見し、危険を感じた。

被告車は、その時点では、糸川車の左前方約二三・一メートルの地点(同交差点西詰の西方約一八・三メートルの地点)を走行していたところ、糸川車がさらに約二九・六メートルそのまま東進して同交差点西詰の西方約一一・四メートルの地点に達した際、糸川は、被告車がそのまま同交差点内に進入し、同横断歩道上で原告をはねるのを目撃した。

(八) 一方、原告は、前同日午後八時頃、夕食時にビール一本を飲んだ後、原告肩書住所地の自宅に帰るため、JR摂津本山駅で下車した。その後、原告は、徒歩で自宅に向かい、その途中、ビデオショツプに立ち寄り、また、本件交差点南側付近のスナツクでビール二本を飲んだのち、同交差点東詰にある本件横断歩道の西側寄りの南端に達した。

(九) そして、原告は、自宅により近付くように横断しようとして、右地点から、南北歩行者用信号の表示を確認しないまま、南北車両用信号だけを見て(この時点での信号表示については後記認定説示のとおりである。)、横断を開始し、北方やや東寄りに向かつてゆつくりと歩行し、約一八メートル進んだところ、前記のとおり同横断歩道北端から約二・七メートルの地点で本件事故に遭つた。

(一〇) 原告は、その後、救急車で西病院に搬送されたが、その際、同病院ではアルコール臭が確認されている。

なお、原告は、被告が本件交差点に差しかかつたときの対面信号は未だ青色を表示していなかつた旨主張し、原告本人の供述中にはこれに沿う部分があるが、前記乙二ないし四号証及び証人糸川靖子の証言によると、被告車及び糸川車の右対面信号が前記各確認時点でいずれも青色を表示していたことを優に認め得るところであり、原告の右主張及び供述部分は採用の限りではない。この点について、原告は、さらに、前記のとおり右糸川の供述の信用性について色々と疑問点を指摘するが、本件事故後に行われた実況見分以降の同女の供述内容の一貫性、その第三者的立場、当法廷における証人尋問に際しての証言態度等に照らすと、同女の供述内容に疑問を差し挟むべき点はなく、原告の右主張は採用できない。

また、原告本人の供述中には、被告車の速度について時速四〇キロメートルを相当超えていたとする部分があるが、同部分は、前記各証拠に照らして採用し難い。

さらに、原告は、被告は本件交差点に差しかかつたときに居眠り状態にあつた旨主張するが、本件証拠上、そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はなく、同主張もまた採用できない。

2  原告の横断開始時の対面信号の表示

(一) 被告は、原告がその対面信号が赤色を表示していたにもかかわらず、これを無視して横断歩行を開始した過失がある旨主張する。

(二) しかしながら、本件全証拠を検討してみても、原告の横断開始時の対面信号の表示が赤色であつたことを認定するには至らず、本件では、次のような事情を認定し得るにとどまるのである。すなわち、

(1) 前記認定にかかる原告と被告車の衝突地点、本件横断歩道の南北の距離、原告の歩行状況等の事実関係に基づくと、原告は、同横断歩道の西側寄りの南端から横断を開始した後同衝突地点に至るまでに約一八メートルの距離を歩行していたこと、そして、右状況での歩行については、経験則上原告の主張どおり一秒間に約一メートル程度歩行すると考えられるから、これに約一八秒を要したものと認められる。

(2) そして、右各事実と前記認定の同事故発生状況、信号機の周期及び表示等によると、被告車は、同交差点対面信号の青色表示確認地点(この時点では当然南北の車両用及び歩行者用信号は赤色ということになる。)から前記衝突地点までの間に減速することなく約九四・九五メートル走行しており、時速約四〇キロメートル(秒速約一一・一メートル)の走行速度によれば右の進行につき約八、九秒を要することになるところ、原告については、同衝突時点からこの約八、九秒前には、前記歩行速度によつて歩行していたとして計算すれば、同衝突地点から約八、九メートル南方の地点、すなわち本件横断歩道南端から北方約九ないし一〇メートルの地点に達していたということになり、その結果、原告が同地点に到達するまでには約九ないし一〇秒を要していたということになる。

(3) そこで、以上の説示と前記認定の信号機の周期及び表示を総合して考えると、仮に、被告が前記対面信号の青色表示を確認したという時点について、それが赤色から青色表示に変わつた直後くらいであつたとすると、原告は前記のとおりその時点の約九ないし十秒前には既に横断を開始していたと考えられるのであるから、右横断開始時には、南北車両用信号は青色表示の終わり頃の時点ないしは黄色表示であり(したがつて、その場合、前記信号機の周期によれば、車両用信号が青色表示の終わり頃のときは歩行者用信号は青色点滅であり、車両用信号が黄色表示のときは歩行者用信号は赤色である。)、右車両用信号は、原告が北方へ向かう途中ですぐに黄色、さらに赤色表示に変わつたという可能性がないとはいえないのである。

そして、本件証拠上、被告が確認した前記対面信号の青色表示が、前記信号機の周期上、青色表示に変わつてからどのくらいの時点であつたかを確定させるに足りる証拠はない。

(4) 以上に基づいて考えると、原告の前記横断開始時の南北歩行者用信号の表示は青色点滅であつた可能性を否定できないのであるから、それが被告主張のように赤色表示であつたとは断定し得ず、他に同主張事実を認めるに足りるだけの的確な証拠はない。

3  過失相殺

(一) 以上の全認定説示によると、原告は、南北の歩行者用信号が青色点滅のときに横断を開始した可能性が残るものであるが、その場合であつても、道路交通法七条、同法施行令二条一項によれば、歩行者は、青色点滅のときは、(黄色表示と同じく)道路の横断を始めてはならず、また、道路を横断している歩行者は速やかにその横断を終わるか、又は横断をやめて引き返さなければならない旨定められているのである。

(二) しかるに、原告は、前記1で認定したとおり、南北約二〇メートルの距離のある本件横断歩道の横断を開始した後も、酔余、ゆつくりとそのまま歩行を続けた結果(しかも、前記認定のとおり本件交差点の中央付近は中央分離帯の幅の分だけ安全な地帯が残されていた。)、本件事故に遭つたというのであるから、同事故発生につき、原告にも右規定所定の注意義務を怠つた過失があるといわなければならない。

(三) そして、これまでに認定説示した事実関係、特に、被告は前方不注視のために原告の発見が著しく遅れたこと、原告発見後の対応と走行状況、原告及び被告の各対面信号の表示状況、前記衝突地点が原告の横断終了間際の地点に位置していること、一方、本件道路が幹線道路であり、夜間の横断であつたにもかかわらず、原告においては酔余対面の歩行者用信号の確認をしないままに横断を開始し、そのまま漫然と歩行を続けたこと等を総合して考えると、原告にも、同事故発生について、二五パーセントの過失があつたと認めるのが相当である。

そして、他に以上の認定判断を左右するに足りる的確な証拠はない。

4  それゆえ、被告の過失相殺の主張は、右の限度で理由がある。

5  よつて、前記二7の損害額金二三〇二万〇四七六円からその二五パーセントを控除すると、金一七二六万五三五七円となる。

四  損益相殺

原告が本件事故によつて被つた損害についてこれまでに被告の加入する任意保険会社から金九六万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

ところで、治療費については、前記二1で判示したとおり、原告の自己負担額に限つてこれを同事故による損害として認定したものであるところ、本件証拠上、右九六万円以外には、右自己負担額との関係において損益相殺をすべき金員は認められない。

したがつて、前項の金額から右金九六万円を控除すると、原告の損害額は、金一六三〇万五三五七円となる。

五  弁護士費用

本件事案の内容と難易度、審理経過及び右認容額等に照らすと、本件事故と相当因果関係があると認めるべき弁護士費用の額は、金一六五万円が相当である。

六  結語

以上によると、原告の本訴請求は、金一七九五万五三五七円及びこれに対する平成元年六月一〇日(前記症状固定日の翌日。ただし、原告の主張に従う。)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安浪亮介)

本件交差点の信号機の表示

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